ミャンマーの国民食モヒンガー
朝焼けにヤンゴン川が赤く染まる頃、旧首都ヤンゴンのダウンタウンにあるフェリー乗り場に行った。朝もやの中、昇り始めた日の光を受けて、広がる水平線に浮かぶ船が金色に小さく輝いている。対岸の町ダラーから来たフェリーが着いて、大勢の人が降りてきた。お昼ご飯に違いない、3、4段に重なったステンレス製のお弁当箱を手にした人たちが多く目につく。朝の出勤風景だ。みんなが降りたあと、対岸に向かう人たちに続いてフェリーに乗り込んだ。
フェリーは2階建てで、2階の後尾は喫茶店になっていた。朝食をとっている人や、コーヒーを飲みくつろいでいる人がいる。朝のやわらかな光の中、赤い小さなプラスチック製のいすやテーブルが鮮やかに浮かび上がっていた。チャーミングな店だなと思う。カウンターにいる年配の女性に、”おはよう”のつもりでにっこりあいさつをして、「お茶をください」と頼むと、女性は笑顔でカウンターから出てきて、私を窓際の席に案内してくれた。外国人の私も歓迎いてもらえたようでうれしい。
みんなが食べているのは、「モヒンガー」というめん料理。米のめんに、ナマズのほぐし身入りのスープをかけたものだ。私もモヒンガーを頼み、みんなと同じようにレンゲで細い米のめんを小さく切り、スープと一緒にすくって食べた。さわやかなレモングラスの香りがするさっぱりしたスープがおいしい。モヒンガーはミャンマーを代表する国民食。軽い朝食やおやつに食べるめん料理だ。興味深いことに、ミャンマーでは、めん料理は食事ではなくおやつの部類に入るという。街で見るおやつも種類が多い。なにやら奥深そうなミャンマーのおやつから、食の世界をのぞいてみた。
バラエティー豊かでユニークなめん料理
ミャンマーの人は、三度の食事以外におやつをよく食べる。だからミャマー料理には、間食用の料理もいろいろあるのだ。古代からさまざまな食文化を持つ人々が暮らしてきたミャンマーだから、伝統的なおやつも種類が多い。
野菜やめん、なれずしなど。様々な具材でつくるバラエティーに富んだサラダの数々。ミャンマーを代表するお茶の葉のサラダ「ラペトゥ」もその一つ。友人たちとお茶を飲みつつ話をはずませるおつまみだ。それに、肉の串焼きや魚介のフライ、そしてめん料理もおやつとして食べる。
中でもユニークだと思うのが、めんのあえ物「アソウトゥ」。はるさめや中華めん、ビーフンなど、種類の異なるめんを合わせ、ゆでたじゃが芋や厚揚げ、せん切りキャベツ、香菜などを、干しエビの粉、豆の粉,、タマリンドの濾し汁、魚醤で調味してあえる。エビの旨味とタマリンドの酸味がおいしく、具材のいろんな食感が心地よい。初めて食べたとき、異なるめんをあえ物に使うという発想に感動した。
ミャンマーの人は、昔からユニークなめん料理をいろいろ生み出してきた。中にはタイやマレーシアやインドなどに伝わって、その国の料理となったものもある。1974年に大阪で行われたワールドフェスティバルでは他国を抑え、ミャンマーのめん料理が金賞を受賞して脚光を浴びた。
魅力的なめん料理を生み出すほどめん好きの人が多いということかもしれない。日本でつき合いの長いミャンマー人の友人、ピョンピョンモンさんも大のめん好き。めんなら日に何度食べても飽きないという。そんな彼女の家でよくミャンマー料理をごちそうになっては、いろいろ教わり甘えている。彼女は和食も中華も、どんな料理も味よく作ると、在日ミャンマー人の間で評判の料理家。先日も「シャンカオスエ」というおいしいめん料理をご馳走になった。それは具材を混ぜて食べる甘辛すっぱい料理だった。
めんやサラダなどを、おやつとして気軽に食べるという感覚はどこからくるのだろう。ミャンマーは、古い時代から高度な農業技術を持つ文明が栄え、実り豊かな黄金国ラーマニヤデーサと呼ばれた所。昔から豊富な食材に恵まれ、余裕のある食生活を楽しんできた。遊び心を持てる食環境が多様なおやつを生み出したのだろう。食の豊かさはピョンピョンモンさんの普段の食卓に並ぶおかず、魚介や種々のスパイスを使ってつくる常備菜からも感じられる。
先日、彼女は、久しぶりにミャンマーに里帰りした。お土産のエビのなれずし「ブゾチン」は、上品な味で色も形も洗練されたものだった。休日の午後。彼女がブゾチンで作ってくれたサラダをつまみながら、土産話で盛り上がった。日本の今の寿司の元はなれずしだ。その原型は中国雲南省やミャンマーあたりの東南アジアで、それが古い時代に日本に入ってきたと考えられている。日本ともつながるミャンマーの食にますます興味が湧くのだった。
『栄養と料理』2014年7月号 写真・文 沙智 Photographs&Text©️Sachi
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