A Mecca for the Sweet Lovers

アジアの都市バンコク

 高層ビルの谷間を走る道路には、動かない車の列が続く。バスレーンのバスも、列車のようにつながっていう。渋滞に嫌気をさした人を乗せたバイクタクシーだけが、つながった車と車の間を縫って器用に走り抜ける。そして、バス停では強い日差しを避けようと、小さな日陰に集まってバスを待つ人々がいる。

 そんなバス停近くには必ずと言っていいほど。お菓子の屋台がある。焼きバナナ、メレンゲのお菓子、アイスクリーム、冷たいハーブティー・・・。

 ちょっとお腹がすいた時、口寂しく感じた時、欲求を満たしてくれるのが、このお菓子だ。サラリーマンやOLは、出勤前や昼休みの帰りに、このお菓子の袋をぶら下げて会社に入る。そして、家に帰れば、冷蔵庫の中には買っておいた冷たい里芋のプディングやココナツゼリーが入っていると言った具合だ。

「あんな甘い物、男の食べるものじゃないね」とうそぶく男性も、昼飯の締めくくりにはこの伝統的なデザートを食べているのだ。

 バンコクには、このトラディショナルなお菓子がざっと200種類はあるだろう。タイを囲む、東南アジアのお菓子が、バンコクに集まっていると言ってもいいかもしれない。

 カンボジアの市場で見たプディング、アンコールワットで少女が売っていたココナツゼリー、ラオスの雑貨屋の店先に並んでいたバナナの葉に包まれた蒸菓子、インドのロティー(パン)をアレンジしたお菓子、などがバンコクでも普通に食べることができる。

 昔はいまのような国境がなかったわけだから、カンボジアやラオスのお菓子がタイのバンコクにあっても、なんの不思議もないのだが。

王室から庶民の味へ

 いまから400年ほど前のアユタヤ王朝の時代、タイは交易で栄えていた。チャオプラヤー(メナム)川には、インドや中国、ヨーロッパからの船が入り、アユタヤの街にはポルトガル人街、中国人街、インド人街、日本人街など各国の商人たちが暮らす外国人街があった。そして、王室ではそれらの各国の料理人が国王のために腕をふるっていたのである。このころから、穀類やココナツミルクを中心につくっていたアジアのお菓子に、小麦や卵を使う西洋のテイストをミックスした新しいお菓子が登場し始めた。それがやがて庶民にながれ、時代とともに変化しながら、現在見るような多種多様のお菓子が出来上がったあのである。

 ある日、タイシルクで有名なジム・トンプソンショプへ、そこで働く友人に会いに行った。店内を見回して、スラリとした身体にミニのワンピースの制服がよく似合う彼女の姿を探したが、見当たらない。カウンターの中を覗くと、彼女は長い足を折り曲げて、そこでしゃがんで、お菓子を頬張っていた。上から覗いている私に気がつくと、カウンターの安価に入るように手招きした。

「朝食べてこなかったから、お腹すいちゃって・・・・。こっちにきて食べなよ。でも、見えないようにしゃがんで」彼女は口をもぐもぐさせながら、お菓子の袋を差し出した。私も彼女の隣にしゃがんでお菓子を口に入れた。トーンヨートというお菓子だ。卵でつくっった、オレンジ色の小さなボール型のお菓子だ。このお菓子は昔、王宮の料理室でデザート作りを担当していたポルトガルじnの夫人がつくったのが始まりと言われている。昔は国王のために作られ、金のお皿に載っていたかもしれないお菓子が、今ではしゃがんでもぐもぐ食べられるような手軽なものになっている。

4つの体質「風・水・地・火」

 バンコクは今、健康ブームだ。あるレストランで、デザートを注文しようとメニューを見た。種類が多くて迷ってしまう。よく見ると、メニューにはそれぞれ薬効が書いてある。ちょうど、咳が出て困っていたので、生姜のシロップ煮を頼んでみる。甘いシロップの中の生姜は、あの硬くて辛い生姜からは想像もできないほど、黄色くてホクホクしていて、サツマイモのようだった。冷房の効きすぎた店の中で食事をしていたのだが、体が温まって喉が落ち着き、咳も止まったような気がした。

 このメニューのように、最近の健康ブームは、「西洋医学の高い薬を買わなうても、我がアジアには昔から身近にハーブ(薬草)があるのだから、ちょっとのけがや、体調不良にはその伝統的なハーブの使い方を見直して役立てようよ」というものだ。

 デパートやスーパーマーケットにはハーブ化粧品や健康食品も並び出しt。病院でも、ハーブの役公をまとめた小冊子を奪ったり、伝統薬を売ったりしている。

 昔の医学は、人の体質を「風・水・地・火」の4タイプに分類し、薬の材料となるハーブもその特有の味をそれぞれ「風・水・地・火」の4種類に分類し、患者の体質にあった薬を調合してくれた。そして、患者たちも、レモングラスから作られる薬を医者が処方してくれたときには、食事のときにもレモングラスを使った酸味の料理を意識して調理していたのだという。

 タイをはじめ、東南アジアの料理には、甘味、酸味、辛味などが溶け合ったものが多いが、それはこのハーブの考え方が関係しているのかもしれない。「風・水・地・火」というこの言葉は、インド・ネパールに伝わるアーユルベーダ(古代インドの薬草学)の中でも使われている。アジアでは、料理の味のように、あらゆるものが複雑に混ざり合っているようだ。

甘いお菓子と性の力

 ここ、ネパールの古都パタンの朝は甘いお菓子とミルクティーで始まる。シロップをたっぷり含んだジェリという揚げ菓子を、スワリという白くて薄いロティに包んで食べる。噛み締めると、口の中に甘いシロップが広がる。タイにもロティというお菓子があるが、きっとこのパンをアレンジしたものだろう。タイのロティはコンデンスミルクと砂糖を塗って、くるくると巻いてある。

 パタンの街を歩いていると、家の戸口の前に、オレンジ色や黄色の花びら、米粒、赤い粉が撒かれている。朝の祈りのあとだ。街のあちこちには小さな寺院がいくつもあって、寺院の神像にも、花びらや赤い粉がつけられ、人々が礼拝したあとがうかがえる。

 前日、カトマンドゥの寺にあった、男女が交合しているエロティックな彫刻を見て以来、パタンの寺にもあるだろうと期待して、そればかり探していた。その彫刻は地底ずっと上の方にあって、探していると首が痛くなってくる。3人で交合しているものや、稲刈りをしながらの皇后などさまざまで、人間の描写もなんとなく愛らしいので、興味をそそられる。

 なぜ、寺にこんな彫り物があるのだろう。「女性は宇宙であり。方丈のシンボルで、性の力は万物の根源である・・・・」などと、どこかで読みかじった知識を思い浮かべて考えるより、アーユルベーダにある「午後のセックスは、甘いお菓子とお茶の後がよい」というの実践して、甘いお菓子を食べてみる方が、この彫刻の意味を理解する近道になりそうだ。

日常に浸透する出来立ての味

 世界遺産にも指定されている、パタンの古いレンガ積みの街並みを抜けて広場に出た。そこにポツンと一戸建ての建物がある。創業80年、代々続いているお菓子屋だった。主人のマスケさんが店のカウンターでお菓子を売り、息子たちがお菓子を作っている。お菓子を作るては朝から夕方まで、休むことがない。窓が開けっ放しなので、店の外からでもお菓子づくりを見ることができる。お供え用にミルクパウダーで作ったペダを2、3個買う人、牛乳とナッツやレーズンが入ったケーキガンドパックを3時のお茶のために買う人、と客足は一日中絶えない。

 アジアのお菓子は、手の込んだものから、シンプルなものまでいろいろあるが、そのほとんどが、客の前で作られ、客は出来立てを買って食べるのが普通だ。手間のかかる手の込んだお菓子を作っている屋台でも、近くの住まいで作ったお菓子をほとんど出来立ての状態で運び売っている。

 スーパーマーケットの既製食品に慣れてしまった私たちにとって、出来立てのデザートが手軽に食べられるということは、なんとも贅沢でうらましいことではないだろうか。

『winds』1999年12月号 写真・文 沙智 Photographs&Text ©️Sachi