中国南部、閩越地方の古代人にとって、天は今ほど遠いものではなかった。空を突くように聳える霊山が天界への通路となるのを感じていたからだ。
福建省と江西省にまたがる武夷山の岩壁、古いもので三千年以上前の墓が今も残る。天につづく峻崖に葬られた亡骸は、羽化登仙したものたちの脱け殻だ。飛翔して仙人になることを追求する道教では、武夷山を蓬莱山同様に神仙の住処とする。
「養生の術を善くし、寿は七百七十歳たり」という道家の先駆者彭租は、武夷山の開祖。漢の武帝も、長寿をもとめて武夷山を祀った。
武夷山といえば、茶の故郷。霊山の岩峰に、神仙の寿命のごとく永い時間をかけ深く根を張った古茶樹がある。仙境の冷気に育まれたこの茶樹からは、天子だけが口にできたという甘露、岩茶が生まれた。
一椀の岩茶を口に含んだときに訪れる陶酔は、まさに唐の詩人盧仝の言う「通仙霊」なのである。
『文藝春秋』2017年6月号掲載 写真・文 沙智 Photographs&Text ©️Sachi
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