メコン川流域の米から作る伝統菓子


 メコン川が悠々と流れる、中国雲南省の西双版納は、かつてタイ族の王国が栄えたところ。ここは日本の弥生時代よりもずっと昔から米をつくり米を食べてきた「お米の故郷」だ。中国雲南省、ラオス、ミャンマーはメコン川を挟んで国境を接している。国境線は政治的につくられたものだから、川のこちら側と向こう側の国が違っても、住んでいる人たちは40~50年前までは普通に行き来していた。今でも対岸には親類縁者が多く、定期市を開いたり祭りを一緒にしたりと行き来がある。

 朝ラオスで、メコン川の船着場に向かっていると、登校する小学生たちが船着場のほうから続々やってきた。その中に、蒸したもち米の塊を持った男の子がいる。寝坊して親に朝ごはんを持たされたのだろう。もち米の真ん中に茶色く煮込んだ豚肉が載っていた。西双版納からラオス、ミャンマーのシャン州とタイ北部はもち米が主食だ。

 船着場近くの市場には、山菜や竹の子などのいろんな野菜や、メコン川でとれた魚など豊富な食材がずらりと並ぶ。そこには、おやつを作って売る露店もあって、みんな船旅の前におやつを買って乗り込むのだ。そのおやつの多くは米からつくったもの。ケーキやプディング、紫芋あん入りのあんドーナツなどなど種類が豊富。これらの米のおやつは、近年日本で見られるような小麦の代用として米を使っているのではない。全て、古くから東南アジアにあるおやつで、米で作るのがオリジナルのおやつなのだ。お菓子だどれもほのかに甘く上品な味で美味しい。これは東南アジアに共通していて、米からつくる伝統菓子には、和菓子や洋菓子のような強烈な甘さはない。素材の甘味を生かした美味しさで、いくらでも食べれてしまうのだ。昔から年中甘い果物に恵まれ、砂糖の原産地でもある東南アジアでは、甘いものへの執着が生れず、繊細な甘味が好まれてきたのだろう。どの国のお菓子も洗練されている。

種類豊富なおやつ

 古くから川を介した交易で繋がっていた東南アジアでは、米を中心とした食文化も繋がっていていて、おやつやお菓子にも国境は感じられない。その国々で形やアレンジに変化はあるが、どの国でも共通したおやつに出会える。しかし、その米の伝統的なおやつやお菓子の種類は、どの国でも驚くほど多い。例えば、タイの首都バンコクでも、街で普通に売られているお米の伝統菓子は軽く200種類を超える。


 東南アジアでは、間食の習慣があって、みんないつも何かを食べている。三度の食事の料理とは別に、間食用の料理が存在するから、おやつやがとても発達しているのだ。その多くは米からつくったもの。みんなが毎日買って食べるものだから値段も安い。日本円で50円ぐらい出せば美味しいおやつが楽しめる。だれもが毎日いろいろ買って食べる習慣があるから、作り手も多彩なおやつを生み出す意欲が湧く。古くから農業技術の発達したこの地では、豊富な食材に恵まれ余裕のある食生活を楽しんできた。遊び心の持てる食環境が様々なおやつを生みだしたのだろう。豊かな食は、自由な食習慣とおおらかな社会を育んできた。


 バンコクの街にも、あちこちにおやつの屋台が出ていて、学校近くの屋台でお菓子を買う学生や、オフィス街で休み時間におやつを買って会社に戻る人の姿が多く見られる。

メコンデルタの水上マーケット

 メコン川は、カンボジアの首都プノンペンからベトナム南部でデルタをつくり、南シナ海に注ぐ。デルタの川幅は海のように広く、水平線しか見えないほどだ。メコンデルタには運河もあって、たくさんの船で賑う水上マーケットがある。パイナップルを積んだ船、野菜を積んだ船、米を積んだ船もあり、水上で商売しているのだ。みんな、いつもなにかを食べながら。そのほとんどが、米からつくったおやつ。ライスヌードルに揚げ春巻き、米粉のケーキやクレープなどを、食べて楽しみながら。

 昔から米が年に二、三度採れる東南アジアの米食は奥が深い。米を粒で食べるだけでなく、米を挽いて様々な形にして食べてきた。メコンの国では市場に行けば、おいしく美しいお米のおやつに必ず出会える。メコン川を下る旅は、お米のおやつの楽園で遊ぶ旅なのだ。

『栄養と料理』2017年9月号 写真・文 沙智 Photographs&Text©️Sachi